06 Aug
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結代かずみ|ミドルエイジクライシスからの人生次章設計『NEXT CHAPTER』プログラム
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Anupgarh
06 Aug
結代かずみ|ミドルエイジクライシスからの人生次章設計『NEXT CHAPTER』プログラム
Anupgarh
臨床に十年以上いました。それでも、産業医になることを選びました。 このnoteを始めたとき、「はじめまして」の記事を書きました。ただ、自分が何者かはほとんど触れていなかったこともあり、今回は、少しだけ踏み込んで書いてみます。なぜ産業医になったのか。何を大事にして仕事をしているのか。これから何をしていきたいのか。 目次 きっかけは、一週間の講座でした もともとは臨床医として働いていました。病院で患者さんを診る、いわゆる普通のお医者さんです。 産業医という仕事に興味を持ったのは、産業医学を学ぶ集中講座を受けたときでした。そこで学んだのは、臨床ではほとんど習わなかったことばかりでした。 ・長時間労働が体に何をもたらすのか ・夜勤や交代制勤務が、生活習慣病やがんのリスクとどう関わるのか ・検査で扱う放射線の被曝を、どう管理し、どう防ぐのか どれも、目の前の患者さんを治すのとは違う知識で、自分ごととして捉え、危機感を覚えました。また、病気になった人を治すのではなく、病気にならない働き方をつくる。そういう仕事があるのか、と素直に面白いと思いました。 ただ、そのときは行動に移せませんでした。臨床が忙しく、医局にも所属していたからです。 動けなかった私を動かしたもの 臨床時代の働き方は、オンとオフの境目がありませんでした。休日でも夜でも職場から連絡が入り、必要なら出勤する。そういう日々が続きました。 そこに、いくつかのことが重なります。 結婚して、子どもができました。ライフステージが変わると、働き方の意味も変わります。今の働き方を続けたとして、自分や家族が健康を崩したとき、どうなるだろうか。おそらく、今と同じようには働けません。かといって、収入の要件で公的な支援の対象から外れることも多い立場です。ファイナンシャルプランナーの勉強をしていたこともあって、そのあたりの現実を知ることとなりました。 医局に在籍していると、数年ごとに異動があります。そのたびに退職金も有給休暇もリセットされる。家族との生活や老後に向けて、長く積み上がっていくものが、あまりない働き方で不安に感じることが増えていきました。 そして、臨床で出会った患者さんたちのことがありました。 自分は健康だと思っていた人が、ある日突然、大きな病気になる。働き盛りの年代で、がんが見つかる。そういう場面に何度も立ち会いました。そのたびに思ったのは、もう少し早く見つかっていれば、もう少し早く治療につながっていれば、ということでした。 自分自身が心身ともに健康に働きたい。ある程度は予定の立てられる生活を送りたい。そして、病気になる前の段階で関わりたい。 その三つが重なって、産業医の道に進みました。上の子が生まれる少し前のことでした。 仕事で大事にしている、四つのこと 産業医として働くようになって、自分の中で決めていることがいくつかあります。 約束の時間を必ず守る。 当たり前に聞こえるかもしれません。でも、相手のある仕事です。面談も、巡視も、会議も、社員さんや担当者さんが時間を空けて待っていてくださる。そこを崩さないことは、信頼の入口だと思っています。 正論だけでは、人も会社も動かない。 たとえば、長時間労働が続いている方に「働きすぎはよくありません」と伝えたとします。それは正しい。でも、その方だって好きで長く働いているわけではないことがほとんどです。忙しい。人が足りない。今は動かせない事情がある。 正しさをぶつけても、状況は変わりません。だから私は、まずその会社に興味を持つようにしています。どんな仕事をしていて、どんな時期が忙しくて、どんな風土があるのか。そのうえで、健康上のリスクを正しく知っていただくことに力を注ぎます。会社側にも安全配慮義務がありますから、リスクを正確に共有することは、働く人にとっても会社にとっても意味があります。 会社にも、社員さんにも、寄りすぎない。 産業医は、どちらか一方の代理人ではありません。線をどこに引くかを、いつも意識しています。 自分のやりたいことの押し付けになっていないか。 あれもこれも取り組めばいい、というのは簡単です。でも実際に手を動かすのは会社の担当者さんで、費用を出すのは会社です。担当者さんの負担と、かけた費用に見合う効果。そこを考えずに提案を並べても、結局は続きません。どうすれば、負担と費用を抑えたまま、いちばん効果が出るか。提案する前に、必ず一度考えるようにしています。 ここまでの歩み 産業医になってからは、研修会や学会に通いながら学んできました。 この世界に入って強く感じたのは、人と人とのつながりが本当に大切だということです。産業医、保健師、看護師、理学療法士。立場の違う専門職の方々と交流する中で学ぶことが多く、今いただいている嘱託のお仕事も、自分から売り込んだものではなく、すべて人からご縁をいただいたものです。 労働衛生コンサルタントの資格を取ったのも、そのつながりがきっかけでした。名刺交換をしていると、第一線で活躍されている方の多くがこの資格を持っている。それに気づいて、自分も挑戦しようと思いました。 勉強してみて、取ってよかったと思っています。作業環境管理・作業管理・健康管理という考え方の軸、リスクアセスメントの手順、課題をどう解いていくかの道筋。実務の背骨になる部分を、体系立てて学べました。名刺にこの資格が入っていると、「勉強されたんですね」「どうやって勉強されたんですか」と声をかけていただくことも増えました。 いろいろな会社を見せていただく中で感じるのは、産業保健の進み方は会社によって本当にさまざまだということです。規模が大きいから整っている、とは限りません。知り合った産業医の先生に職場を見学させていただくこともありますが、行くたびに、こんなやり方もあるのかと驚かされます。 一社目を担当したときは、何もかもが手探りでした。その壁を越えられたことは、今も自分の中で小さな自信になっています。 もっとも、これで大丈夫と言えるところまでは、まだ来ていません。長く関わっていた方を亡くした経験もあります。働く時間を短くすることも、治療につなげることもできていた中での出来事でした。何もしていなければ、もっと早い段階だったかもしれない。それでも、結果は変えられませんでした。 早く気づくこと、早くつなぐこと。その大切さを、いちばん重いかたちで教わった出来事でした。 これからやっていきたいこと 産業医の存在を、もっと身近に感じてもらいたいと思っています。 産業医という仕事があること自体、ご存じない方も多いと思います。知っていても、「産業医と面談」と聞くと、何か不利益があるのではないかと身構えてしまう方もいます。 でも産業医は、あなたが健康に働き続けられるように存在しています。会社に不利な報告を上げるための存在でも、働けないと判定するための存在でもありません。正しく理解して、遠慮なく使っていただきたい。この敷居を下げることが、当面の目標です。 もうひとつ。今担当しているどの会社にも、保健師がいません。産業医ひとりでできることには、どうしても限りがあります。いつか、保健師をはじめ他の専門職とチームを組んで、会社と働く人に関われる体制をつくれたらと考えています。 働く人にとっても、会社にとっても、そして自分にとっても意味のある関わり方。三方よしと言えるところまで持っていくのが、目指している姿です。 おわりに 長い自己紹介にお付き合いいただき、ありがとうございました。 産業医は、頼っていい相手です。体調のこと、働き方のこと、休むこと、戻ること。困る前でも、困ってからでも構いません。 このnoteが、産業医という存在を少しだけ身近にする役に立てば嬉しいです。 Blaze a Trail という名前に何を込めたのかは、また別の記事に書こうと思います。 Blaze a Trail あわせて読みたい
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